大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和63年(行ウ)24号 判決

北九州市小倉北区赤坂三丁目一〇番四二号

原告

藤瀬栄

右同所

原告

藤瀬文子

福岡市福重五丁目二一番三二号の二〇五

原告

藤瀬正明

福岡市城南区茶山四丁目一四番一五号

原告

藤瀬清美

右四名訴訟代理人弁護士

村上三政

北九州市小倉北区萩崎町一番一〇号

被告

小倉税務署長

山口要三

右指定代理人

吉松悟

末廣成文

佐藤治彦

樋口隆造

石橋一雄

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六〇年一二月二六日付けで原告らの昭和五九年五月二一日相続開始に係る相続税についてした更正処分をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告藤瀬栄は訴外藤瀬正(以下「訴外正」という。)の妻であり、原告藤瀬正明、同藤瀬文子、同藤瀬清美はいずれも訴外正の子であるが、訴外正が昭和五九年五月二一日に死亡したため、原告らが共同相続した。

2  ところが、訴外正の妹である訴外藤瀬絹子(以下「訴外絹子」という。)は、「覚」と題する文書(以下「本件自筆証書」という。)を訴外正の自筆遺言証書であると主張して、これに基づき、昭和五九年一〇月八日、訴外正の遺産の内別紙物件目録記載の不動産(以下、「本件不動産」という。)について、同年五月二一日付け遺贈を原因とする所有権移転登記を了した。

3  そこで、原告らは、昭和五九年一一月二〇日、本件不動産を除いた訴外正の遺産について、各人の相続分に応じ、次のとおり相続税の申告をした。

(一) 原告藤瀬栄 一〇三万六三〇〇円

(二) 原告藤瀬正明 二〇万七二〇〇円

(三) 原告藤瀬文子 二〇万七二〇〇円

(四) 原告藤瀬清美 二〇万七二〇〇円

4  原告らは、本件自筆証書による遺言は無効であるとして、訴外絹子に対し、昭和五九年一二月一七日、本件自筆証書の無効確認と本件不動産の所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴訟を提起したが、右訴訟中の昭和六〇年六月一七日、訴外絹子に対し、内容証明郵便をもつて、本件自筆証書による遺贈が有効である旨の判決確定を停止条件とする遺留分減殺の意思表示(以下「本件意思表示」という。)をした。

5  これに対して、被告は、昭和六〇年一二月二六日、前記3の原告らの申告納税額を次のとおり更正する旨の処分(以下「本件更正処分」という。)をした。

(一) 原告藤瀬栄 五一三万二二〇〇円

(二) 原告藤瀬正明 一七一万二一〇〇円

(三) 原告藤瀬文子 一七一万〇〇〇〇円

(四) 原告藤瀬清美 一七一万〇〇〇〇円

6  しかるに本件更正処分は、未だ前記訴訟が係属中で、本件自筆証書による遺贈が有効か無効か確定せず、本件意思表示の停止条件が成就していない段階でされたものであるから、違法である。

よつて、原告らは本件更正処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実のうち、本件意思表示が原告ら主張の停止条件付きであるとの点を争い、その余はすべて認める。

三  被告の主張

1  遺留分減殺請求権は形成権であつて、条件を付することに親しまないものであり、その行使によつて、法律上当然に減殺の効力が生ずるものである。

また、相続税法上の租税債権は、納税義務者が相続等の所定の原因によつて課税財産を取得したことにより成立するものであつて、課税処分時において、遺留分権利者と受遺者との間に遺贈の効力について争いがあり、その有効なことが判決等をもつて確定していなくても、租税債権の成立と課税処分の効力に影響はないと解すべきである。

2  本件において、原告らは、訴外絹子が昭和五九年六月二〇日福岡家庭裁判所において本件自筆証書の検認を受けた際、これに立会い、或は同証書の写しの送付を受けるなどして、被相続人の同証書による遺言により大半の不動産が訴外絹子に遺贈されていること、及び右遺贈が減殺されるべきものであることを認識の上、昭和六〇年六月一七日に至り、訴外絹子に対し本件意思表示をしたものであるから、確定的に減殺の効力が生じたものである。

3  そこで、訴外絹子から被告に対して右減殺請求権の行使されたことを理由とする相続税更正の請求が行なわれたため、被告は、訴外絹子に対し更正処分をすると共に、これに基因して、課税価額及び納付すべき税額に変動を生ずることとなつた原告らに対し、相続税法三五条三項一号の規定に基づき本件更正処分を行つたものである。

よつて、本件更正処分は適法である。

第三証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件意思表示に原告ら主張の停止条件が付されていたとの点を除き、請求原因事実は当事者間に争いがない。

二  本件意思表示の効力発生について

そこで、本件意思表示の効力発生の点について検討するに、原本の存在及び成立に争いのない甲第五号証、成立に争いのない甲第六、七号証、並びに弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

1  昭和五九年六月二〇日、福岡家庭裁判所において、訴外正の遺言書である本件自筆証書の検認が行なわれ、訴外絹子、原告藤瀬栄、同藤瀬文子、同藤瀬清美らはこれに立会つた。その際、同証書には、訴外絹子に対し、訴外正の遺産たる不動産全部を譲渡する旨記載されていることが、立会の関係者らによつて見分された。

2  原告藤瀬正明は、本件自筆証書の検認手続に立会うことができなかつたが、昭和五九年六月二〇日の夜、原告藤瀬清美から電話で同証書の内容を知らされると共に、同証書の写しの送付を受けた。

3  原告らは、本件自筆証書による遺言は無効であると考え、昭和五九年一二月一七日、訴外絹子を相手方として、福岡地方裁判所小倉支部に対し、同証書による遺言の無効確認、及び本件不動産について遺贈を原因として訴外絹子名義に経由された所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴を提起した。

4  原告らは、右訴訟中の昭和六〇年六月一七日、内容証明郵便をもつて、訴外絹子に対し、「遺贈の無効確認につき訴訟中であるが、万一遺贈が有効であるとすれば、遺留分減殺の意思表示をする。」旨の通告をし、同郵便はその頃訴外絹子に配達された。

以上の事実が認められ、他にこれに反する証拠はない。

ところで、遺留分減殺の意思表示をするには、遺贈等の無効が判決で確定されたことの認識までは要せず、遺贈等が減殺されるべきものであることの抽象的認識で足りると解すべきところ、本件において、右認定の事実関係に照らすと、原告らは、本件自筆証書により訴外正の遺産たる不動産全部が訴外絹子に遺贈されたこと、及び右遺贈によつて原告らの遺留分が侵害されることになり、当然減殺されるべきものであることを昭和五九年六月二〇日ころ認識し、右認識の上、同日から一年以内である昭和六〇年六月一七日、遺言の無効確認等の訴訟係属中ながら、確定的に本件意思表示をしたものと認定するのが相当である。

なお、本件意思表示を合理的に解釈すれば、前記内容証明郵便による「万一遺贈が有効であるとすれば」の文言によつて、本件意思表示に原告ら主張の停止条件が付されたとは致底考えられない。

そうすると、本件意思表示は、原告らの有効な遺留分減殺の請求であり、その到達と同時に当然に、訴外絹子に遺贈された本件不動産につき、減殺の効力を生じたものというべきである。

三  本件更正処分の適法性について

しかして、相続税法上の租税債権は、納税義務者が相続や遺留分減殺等の所定の原因によつて課税財産を取得したことにより成立するものであつて、たとえ、課税処分時に、遺贈の効力につき受遺者と遺留分権利者との間に訴訟が係属し、その有効無効が未確定であるからといつて、これによつて右租税債権の成立とこれに基づく課税処分の効力が左右されるものではないと解すべきであるから、前記のとおり本件意思表示によつて、その到達と同時に減殺の効力が生じ、訴外絹子や原告らの課税財産の取得に変動を来たした以上、これを原因として、被告が原告らの課税価額及び納付すべき税額の更正をした本件更正処分は、相続税法三五条三項一号に基づく適法な行為というべきである。

四  よつて、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 寒竹剛 裁判官 森田富人 裁判官 島田睦史)

別紙

物件目録

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例